2013年01月31日

受験数学 急がば回れ!

今回は「受験」のための数学の勉強法について、考えてみます。
とはいっても、今は受験直前でとにかく自分のやり方で頑張るしかないから、「よそ見」している余裕はない、という人にはおススメではありません。

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少しは心に余裕のある人、あるいは来年度以降に受験を控えている人たちへの一言です。
ものすごく記憶力が優秀な人を除いた普通の人にとっては、答えを急ぐ、公式や定理の暗記に頼る、という方法は、「その場しのぎの点数稼ぎ」にはなっても、総合的に理解力を判定される入学試験には、向いていません。
むしろ「遠回りに基礎からゆっくり」と学ぼうとした方が、結局は確実です。
より簡単なものから始めて「なぜ、どういう理由でそうなるのだろう」「ほかにも解き方、考え方はないだろうか」というふうに、ひとつひとつ積み上げていく方が、いいのです。
というのは、数学の世界の論理、考えの進め方は、そういうふうになっているからです。

受験数学の出題者の立場からは、公式や定理の暗記力を試そうというつもりはまずありません。
むしろ、考え方や解き方を確実に進める力や発想を確かめてみたい、というのが本当のところなのです。
だから、丸暗記では解き方が思い浮かばないような出題方法、設問方法にするわけです。
そのような見方からすると、問題には普通の計算力だけでなく、
文章題にして、言葉の理解力がどれだけあるか、
文章から数量と数量との関係(たとえば比例関係、和や差の関係、順序の関係など)を読み取ることができるか、それを方程式や代数の計算式などに置き換えられるか、
三角形や多角形などの図形やグラフの座標などを示して、位置関係や図形の性質を読み取れるか、
というようなことを試す設問になるのです。

そうすると、問題は、ひとつひとつは基礎的で簡単な知識・計算・定理などなのですが、それらを組み合わせて考える能力とか、どういう関係を考えて分析しているのかという発想を問うようにつくられている場合が多いのです。
「なぜそうなるのか」「やり方にはどういうものがあるか」という考え方で、普段学んでいる人に有利にはたらくようになるわけです。
文章の理解力ということからすると、高い国語の能力が求められます。
まず、今わかっている条件はどういうものか、 何が疑問点になっているのか、
何が、なぜ、どのような仕方で関係しているのか、
図形の線や辺、角度のあいだの関係をどうなっているか、
などを読み取り、頭のなかで組み立て、関係づける思考力とか発想が求められるのです。
その意味では、数学を学ぶ上で読書は大変に大事です。



posted by 田舎おやじ at 09:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 受験数学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月30日

実在する無限を体験する

数学の分野の1つに「数論」というものがあります。
自然数とか整数、正負の数、分数、小数、奇数・偶数、約数や倍数…など、数の性質や数の世界の仕組みや法則などを研究する分野です。
そのなかに「無限論」があります。たとえば「無限大」「無限小」「無限分割」などを考える分野です。

ところで、理論的には「無限」は存在するということになっています。
しかし、私たち人間が、無限を現実に見たり体験したりすることは、無限というだけに、普通はありえない話です。
それに「無限」といっても、数学的に見て「これは確かに無限だ」と判断できるものごとは、めったにありません。
たとえば「宇宙の大きさ」。
比喩的ないし文学的、情緒的な意味合いで、「宇宙の大きさは無限だ!」という表現がされることがあります。たとえば、満点の星空を眺めて感動したときに。
でも、現代の宇宙論や天文学によれば、この宇宙はだいたい140億光年の広がりの有限な世界=空間であるということです。
つまり、有限なのです。

ところが、私は中学生のときに《現実に存在する無限》を体験したことがあります。
私が通っていた中学校のお手洗いには、男子用・女子用トイレのあいだを仕切るように洗面場がありました。

お手洗い.png

部屋の両側に大きな鏡が1枚ずつ貼りつけてありました。縦80センチメートルくらいで横1メートルくらいの長方形の鏡です。

あるとき、鏡の真前の水道蛇口を使って手を洗った後、何気なく鏡をのぞきこみました。
すると、正面の鏡のなかに、反対側の壁の鏡が映っていました。もちろん、鏡のなかには鏡を不思議そうにのぞいている私が映っています。
そして、映っているその鏡のなかには、反対側の鏡(つまり、私がのぞいている鏡)が映っています。
さらにそのなかには、その反対側の鏡が映っています。さらにさらに、そのなかには…。
というわけで、互いに反射し合う鏡の写像が互いのなかに映り続けているのです。
数えてみましたが、20個くらいでわからなくなりました。
写像の数は無限ですが、私の能力は「あまりにみじめに有限」です。
後ろを振り向くと、鏡に同じような写像が連続していました。
図にすると下のようになっていました。

無限.png

こんな狭い空間では、光は直進しますから、鏡は互いに映し合って、写像は無限に続きます。
つまり、そこで向かい合った鏡が互いを無限に映し合うという現象が起きていたのです。
そのときの知識で、光の速度は秒速30万キロメートルなので、仮に2枚の鏡ののあいだの距離を3メートルとすると、1秒間に写し出される鏡の枚数は「30万×1000」枚で3億枚になるのかな? なんてことをぼんやり考えていました。
ということは、実験として鏡の枚数を数えて、それに2枚の鏡のあいだの距離を掛け算すると、光の速度は測れるんじゃないかな、なんてね。

posted by 田舎おやじ at 09:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 数学入門 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月29日

こんな数学もある

「数学」というと、何だか面倒くさくて難しい、と敬遠しがちです。
中学校の数学では、受験向けに方向づけられていて、やたら約束事が多くて、プレッシャー!、というお子さんも多いようです。
でも、日々の暮らしのなかにも数学の定理や方法、法則がはたらいていること、あるいは数学の研究対象になっているものも多いのです。
そんなことを知ると、「もっと数学を勉強してみよう!」という意欲や好奇心が湧いてくるものです。
cube.png
たとえば、サイコロをつくる場合です。
サイコロは、6つの面がどれも正方形になっている立体、立方体です。
つくり方といっても、
@紙粘土などの材料で立方体をつくって、各面に目として「●」で数を入れる
A紙などに展開図を描いて、各面にやはり目として「●」で数を描き入れ、組み立てて貼り合わせる
というような場合を想像したり、実際にやってみたりするだけなのですが。
現物のサイコロを見ながら考えてもらって構いません。

ここでは立方体(またはその展開図)はできていて、あとは「目=数」を入れるだけ、ということにしましょう。
ここで問題は、立方体の6つの面にどのように目(数)を入れるかということになります。 約束事としては、●の数が「1、2、3、4、5、6個」という6とおりの目を配置するということにします。 どういう場合が考えられるでしょうか。
サイコロを振ったときに6つの面のどれが出るか(上に来るか)という確率(確からしさ)は、すべて6分の1ですから、どういう並べ方をしても、たぶんゲームには影響しないでしょう。

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私は、こう考えます。
ある面と真下(反対側の面)の目の数を合計すると「7」になるようにするのが、一番適切ではないか、と。 たとえば、「1」の裏側には「6」、「1」の横に「2」を配置してその裏側に「5」、その隣の面に「3」を置いて裏側には「4」を入れるというわけです。

ここで、表面の目の数と裏面の目の数の合計は、
       x:表面の目の数
       y:裏面の目の数
    x+y=7
という関係式で表すことができます。
また、表面の目の数(xの値)を決めたならば、裏面の目の数は、
    y=7−x
という算式で求めることができます。
合計で7になる2つの数の関係を示す算式で、これは関数を意味します。これだって、立派な数学なのです。

posted by 田舎おやじ at 09:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 数学入門 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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