2013年03月07日

命題の真偽を考える

前回、命題の真偽を判断する練習として、以下のような課題を出しました。
@ 正方形は台形である。
A 平行四辺形は台形である。
B 平行四辺形はひし形である。
C 酸素は水よりも軽い。
D 対角線が直交する平行四辺形は、正方形である。
E 対角線が直交する長方形は、正方形である。
F 2つの内角が直角である台形は、長方形である。
G 台形のうち、向かい合う内角が等しく、対角線が直交するものは、長方形である。

命題の真偽判断にさいしての考え方を見ながら、解説します。
@について  命題は真です。
正方形とは、向かい合う2組の辺がそれぞれ平行で、しかも4つの内角がすべて直角な四角形(長方形)で、すべての辺の長さが等しいものです。
台形とは、向かい合う1組の辺が平行な四角形です。
ということは、正方形(長方形)は対向する2組の辺がそれぞれ平行ですから、台形に含まれます。
つまり、台形という四角形の集合のなかに正方形の集合は包含されます。正方形 ⊂ 台形 ということで、命題は真となります。
なお、集合として四角形を考えると、正方形 ⊂ 長方形 ⊂ 平行四辺形 ⊂ 台形 ⊂ 四角形 という関係です。

Aについて  上の考え方から、真です。

Bについて  命題は偽です。

四角形.jpg

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上の図は、四角形を台形にし、台形を平行四辺形にし、平行四辺形をひし形あるいは長方形にするために、それぞれつけ加える属性を示しています。正方形は、ひし形と長方形の属性に両方を備えたものとなります。

Cの命題は偽です。
100℃を超えた水は気体となって、酸素よりも重くなります。また、酸素(分子)は気体の状態では水よりもはるかに軽いですが、-160℃くらいに冷やして液体にすると、水よりも重くなります。
というわけで、酸素がいつも水よりも重いとは限りません。
高校の科学の初歩で学ぶことに分子量があります。化学式では、水は H2O という化学式、酸素分子は O2 です。
水素の原子量は「1」、酸素は「16」ですから、水の分子量は、1×2+16=18 となり、酸素分子は 16×2=32 です。気体とか液体とか同じ状態では、酸素の方が重いのです。

Dの命題は偽です。
2つの対角線が直交する四角形には、正方形だけでなく、ひし形もあるからです。正方形は、ひし形のうち、特殊な集合なのです。

Eの命題は真です。
長方形のうち、ひし形の属性をも同時に備えたものが正方形なのです。

Fの命題は偽です。
隣り合う2内角が直角な台形は、長方形になりません。向かい合う1組の内角を直角にすれば、長方形になるのです。

Gの命題は偽です。
台形のうち、向かい合う内角が等しく、対角線が直交するものは、ひし形です。内対角が等しく直角ならば、長方形となります。



posted by 田舎おやじ at 09:08| Comment(0) | TrackBack(0) | ことばで学ぶ数学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月07日

命題の真偽と集合

前回述べたように、主語と述語からなる文は、論理学でいう命題ということになります。そして、主語が仮定で、述語が結論という役割になっているということでした。
ここでは、主語をP、述語をQというふうにしておきます。
「PはQである」という文は、「PならばQとなる」という論理の構造になるのです。略して「P→Q」と表記することにします。
それで、論理学=数学的には、こういう文=命題について真か偽かを判断することができるということでした。

そして、この真偽判断にさいしては集合の考え方を尺度にしているわけでした。
集合関係としては、P⊆Q、つまり集合Pが集合Qとイコールか完全に含まれているという関係にあるときに、命題P→Qは真となること、そのほか、つまりP⊃Qの場合には偽となるのです。

集合の包含関係.jpg

このような集合の包含関係は、私たち人類の経験や観測、推論や思考から組み立てられたものです。
したがって、言葉の定義の仕方によっては、ひっくり返ることもないわけではありません。

では、この考え方を使って以下の命題について、真偽を判断してみましょう。図形については、机の上のような平面の世界、つまりユークリッド空間でのこととします。

@ クジラは哺乳動物である。
A カブトムシは節足動物である。
B 昆虫はカブトムシである。
C 熱帯地方の方が、北極圏よりも昼間の時間は長い。
D 4辺の長さが等しい四角形は、正方形である。
E 正三角形は二等辺差角形である。
F 鉄は水に浮くことはない。

《正解》
@ 真。クジラは哺乳動物のなかの1つの種です。
A 真。カブトムシは昆虫で、節足動物のなかの1つの目(類)です。
B 偽。昆虫にはいろいろあって、カブトムシとは限りません。
C 偽。北極圏や高緯度地帯では、夏になると昼間が極端に長くなり、日没がなく夜がない白夜もあります。ただし「冬には」という季節の限定をすると、「真」になるのです。
D 偽。4辺の長さが等しい四角形はひし形で、そのうち4内角が等しい(直角)という特殊な集合が正方形となります。
E 真。二等辺三角形のうち、3辺(3内角)が等しい特殊な集合が正三角形。
F 偽。鉄でも船のような形にして体積を大きくして、重量よりも浮力が大きくなるようにすれば、水に浮きます。

では、次回までの課題を出しておきます。考えてみてください。
《課題》
@ 正方形は台形である。
A 平行四辺形は台形である。
B 平行四辺形はひし形である。
C 酸素は水よりも軽い。
D 対角線が直交する平行四辺形は、正方形である。
E 対角線が直交する長方形は、正方形である。
F 2つの内角が直角である台形は、長方形である。
G 台形のうち、向かい合う内角が等しく、対角線が直交するものは、長方形である。

posted by 田舎おやじ at 13:04| Comment(0) | TrackBack(0) | ことばで学ぶ数学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月06日

ことばの文法と数学

p style="line-height: 2em;"> まず、「言葉や文章の論理学」から話を始めましょう。

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言葉の論理学

日本語の文の形には、次の3つがあります。
@ 何が何だ。 ・・・例)これは猫だ。
A 何がどうする。 ・・・例)犬が走る
B 何がどんなだ。 ・・・例)花が美しい。
@は、ものの名前を表現する文です。
Aは、ものの動きを説明する文です。
Bは、ものの様子や状態を語る文です。
大雑把に言うと、日本語には、この3つの文体しかありません。
ここで、@とBは、ものの名前や様子を説明する文だとして1つの型にまとめてしまうと、
日本語には基本的に、「ものの名前や様子を説明する文体」と「ものの動作を説明する文体」しかありません。英語でも同じです。
地球上の人類が使う言語の文体は、やはりこの2つないし3つしかありません。これが、世界中の文の基本形です。

論理学と数学

さて、文のなかで「何が」にあたる文節(部分)を「主語」と呼びます。
そして、「何だ」「どうする」「どんなだ」の文節を「述語」と呼びます。
それで、「何が何だ。」という言い切りの形を「命題」とか「判断」と呼びます。ここでは、ものの名前(カテゴリー)を断定していますので、論理学では「定言(断定)命題、定言判断」と呼びます。
「もし、・・・ならば」という形で始まる文は「仮言命題、仮定判断」と呼びます。

じつは、ここに数学の論理がすでに入っているのです。
集合論や関数の基礎があるのです。
「何が何だ」(「AはBだ」)という文の主語「何が」には、
ここで主語になっているあるものが「何」「A」であるならば、
という仮定とか前提条件がすでに設けられているのです。言い換えれば、そこにはAであるものの集合が前提・仮定されているのです。

そして「何だ」(「Bだ」)という述語には、
Aという仮定から出てくる結論「B」が示されているのです。つまりBであるものの集合が示されているのです。
あらゆるAは必ずBである、という意味です。

数学の論理で説明すると、
AならばBという結論になるのであって、そのことが正しければ、「Aという集合はBという集合に含まれる」、すなわちA⊆Bという関係が示されているのです。命題が間違っているときには、この関係は成立しません。そして、文自体の意味は誤りとなります。

たとえば、
「猫は動物である。」という文は正しい(真)ですが、主語と述語を逆にして「動物は猫である。」にすると、動物のなかには犬や馬や牛などがいますから、動物は必ずしも猫とはなりません。したがって、この文は誤り(偽)となります。

動物と猫の集合関係.png

ここで、猫という集合は、動物という集合の部分集合となっているのです。したがって、「何が何だ」の文では、主語の意味範囲は、必ず述語の意味範囲よりも小さくて、これに含まれる関係でなければ、文法上も誤りとなるのです。
つまり、正しい国語・文章は、数学の論理から見て正しい=真なのです。文法がよくできる人は、数学が得意になれるはずです。

posted by 田舎おやじ at 14:10| Comment(0) | TrackBack(0) | ことばで学ぶ数学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

文法と数学

比喩的な意味でよく言われることですが、「数学は数(という言葉)の文法である」とか「宇宙の文法だ」と表現されます。
しかし、比喩ではなく実際にも「数学は文法」なのです。
「文法」とは、言葉による情報伝達(=表現や分析、省察)に関する法則であり、約束事です。
とはいえ、人びとがコミュニケーションのために長い歴史のなかで慣習的につくり上げ、使用してきた言葉や文について、あとから研究して文法が生まれたのですが。
つまり、言葉(言語)がほぼ完成した頃から、人びとは「言葉の世界」を研究して、文法(言葉の法則)を研究し始めたのです。

言葉と認識

で、言葉は私たち自身や周囲の環境・世界について、私たちが意識し、観念し、認識するための表現手段です。つまり、認識手段です。
昔から、人類は世界は神(宇宙の摂理や法則の運動)が生み出し、つくり上げた存在であると信じ、恐れてきました。
そこで、この環境=世界のなかで安全に生きられるように、世界をつくった神の意思や考えを知ろうとしてきました。
つまり、世界(宇宙)の摂理や法則を知ろうとして、海の潮の満ち引き、川の氾濫の様子、さらには太陽や月や星などの天体の動きを観測したり研究したり、動物や植物の生態を調べたりして、そこに法則や体系を見出そうとしてきました。神学と結びついて自然学や哲学、天文学などが生まれました。
もちろん、人間社会の制度、仕組みや動きなどについても、人びとはコミュニケーションをとりながら、掟や法をつくっては改めてきました。法学や政治理論、倫理学、生物学などが生まれました。
それらのために、人間は言葉を生み出し使用してきました。

言葉の論理学

その意味では、言葉は人間が、自分たち自身や社会、周りの世界を写し出し表現する手段=記号だったのです。
そうなると、言葉は現実の世界を反映したものですから、世界の法則や仕組みを反映したものとなり、また、人びとが相互にコミュニケーションを取るためにも、合理的な規則や法則、構造をもつものになりました。
したがって、言葉(単語や文章など)には法則や仕組み=構造が成り立つわけで、文法ができ上がったのです。

人間が考えたりし認識したりするときの方法や規則、形式などを研究する学問を「論理学」といいます。そこで把握された法則や関係性、形式、考え方・認識のすじ道のことを「論理」と呼びます。 で、文法とは「言葉の論理学」ということになります。
この論理や論理学を最も純粋で単純化した形で考察し表現する学問が「数学」なのです。

言葉と科学・数学

やがて人間は、言葉のなかに数量や数量の関係を示す記号や算式をつけ加えて、神学や自然学・哲学のなかに数学や力学(物理学)、化学などが組み立てられるようになります。
どんな偉い数学者や物理学者も、研究のために書物を読んだり世界を観察するときには「言葉」を使って物を表象し、分析し、組み立てます。最終的に数式に表現するとしても。
したがって、どれほど抽象的あるいは難解でも、数式のなかには、おびただしい言葉で説明される規則や法則、仕組みが組み込まれているのです。

posted by 田舎おやじ at 08:33| Comment(0) | TrackBack(0) | ことばで学ぶ数学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月03日

「数」って何だろう

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今回は、国語や社会は得意だけれども、数学・算数は苦手だ、という人のために、数学を初歩の基礎から学ぶための知識や機会、考え方の「ひとつ」を提供します(ちょっと言い方が偉そうですね。ごめんなさい)。
逆に数学は得意だけれども、言葉や文章で考えるのは苦手だという人には、その得意な分野を将来、大学での研究や専門の職業につなげるための「手ほどき」になる話です。

数と数字

で、話題は「数(すう、かず)」とは何だろう、そして数学や算数のために当たり前に使っている「数字」とは何だろうということです。
さて、数を表すには数字を使うしかありません。
アラビア数字では、「1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、…」という表記になります。
日本語の漢字では、「一、二、三、四、五、六、七、八、九、十、…百、…千、…万、…億、…兆、…」という具合でしょうか。
このほかに数を表記する文字には「ローマ数字」があります。「T、U、V、W、…]、…L、…M、…」という表記になります。時計などに使う文字ですね。

「数量」 と 「序数」

このように、数を表す方法=文字には何とおりかあるのです。
で、表記する手段としての「1、2」や「十」「V]などを「数字」、つまり数を表す「文字としての記号」といいます。
「表記する手段・記号」というなら、数字とは別に「数」というものがあるのか? ということになりますね。つまり「数の実体」あるいは「数そのもの」というものが。
あるのです。

具体的な例で「数」を考えてみましょう。
@「リンゴが1個」「水が2リットル」…⇒個数とか量の度合いや大小という意味。
A「1番目」「第3位」「四丁目」「第三次元」…順序や序列、順番などを意味する。
というように、ごく大雑把に考えると、数は基本としては、2つの意味(領域・範囲)に分かれます。
ここで、@の用法・領域の数を「数量」と呼ぶことにしましょう。
これに対して、Aの領域の方を「序数」と呼ぶことにしましょう。
序数の方は、ものごとの順位や序列を意味しますから、秩序や組み立て、物の成り立ちの仕組みなどを表現する場合が多いのではないでしょうか。
そして、「四丁目」とは「第三次元」というものは、序列のほかに「範囲」や「空間や存在の広がり」をも意味することになります。

「数そのもの」 と 「記号としての数字」

これらの数量や序列などは、数字以外の記号で表すことができます。
たとえば「2」を「●●」、6を「●●●●●●」で表すことを約束事にする。
1番目を「|」、5番目を「|||||」で表記するものとする。…とか。
実際に、人類の歴史を見ると、そういう記号を使っていた時代もあったのです。が、表記や実用に便利なアラビア数字とか漢数字などに進化してきたのです。
ほかにも「縄の結び目の形」とか「動物(想像上の動物も含む)などの形」を数字として使ってきた文明もあります。
というわけで、数量とか序列について、人類はかかなり古い時代に発見し研究していたのです。その後、より便利な記号を編み出して、文明の手段とか装置として利用してきたようです。

ところが、「数量」と「序数」という、この2つの用法・領域はじつは、根元のところでは同じものになるのです。
「自然数」で考えると、数量で一番小さな単位、最初の単位を「1」として、その2倍の量を「2」とし、3倍の量を「3」とする…というふうに、数量は序列や順位によって規則を決めてあるからです。
しかし、ここでは数は「数量」と「序数」に区分できると理解しておきましょう。

posted by 田舎おやじ at 15:43| Comment(0) | TrackBack(0) | ことばで学ぶ数学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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